名古屋市西区の尾張徳川家護国祈願寺

安性寺について

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安性寺の由緒

伝えられる安性寺の由緒を顧みまするに、太古は莫として知る由もありませぬが、すでに奈良朝以前より山田の地に稲生山ありて、ここに十一面観世音菩薩をまつり永く稲生庵とよび、天台宗に属し来り志を天正元年(1573年)貞思禅師の時に曹洞宗に改められ、由来尾洲一円の信徒の厚き信仰のまととなったが、御本尊観世音は伝教大姉と伝えられ、当時は相当の伽藍が鬱蒼とした稲生山に隠見して自らなる林厳な地であったと記録に残されてあります。

されば尾張藩主を初め、城下一般の帰依する事深く徳川二代大納言光友郷は寛文二年に尾張国総鎮守の為、自作の秋葉三尺坊大権現の尊像を納められ、国内火災消除を祈願しました。また後年江戸水天宮より分身をこい受けて当山に水天宮を祀り水難及び安産を祈願しました。その為に藩費を寄せて永年安性寺に奉仕せしめ管理を委せてきたのであります。

世の中は幾度か変転を致しましたが、安性寺は代々法を譲って終始精進してきました。他より諸侯名商等の尾洲を訪れる際は総鎮守の故を以て参拝した奉賽と諸状が今に顕然と志して残っております。

後年また恵方歳徳大善神を祀り、厄除開運安全を祈願し其の他境内龍神天神、荷稲大明神等いらかを並べ祀りて毎年例祭を盛大に行われております。

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