名古屋市西区の尾張徳川家護国祈願寺

境内案内

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本堂

安性寺本堂
昭和34年の伊勢湾台風により倒壊し、仮本堂が長く続きましたが、平成6年に安性寺第十三世信勝和尚により落成されました。

安性寺 本堂内法要などはこちらで行います。全椅子席となりますので、足の不自由な方でも、お気軽に利用できます。


安性寺 本堂 本尊

御本尊

十一面観世音菩薩。織田信長による「稲生の戦い」弘治2年(1556年)では兵火にさらされたが、本尊は残っていたと伝えられています。

安性寺 本堂 天井絵

天井絵

安性寺第十三世和尚が、約三十年の歳月をかけ描き上げた、天井絵になります。天井絵の他、信勝和尚の絵画は、お寺のあちこちに飾られています。

秋葉護国殿(あきばごこくでん)

安性寺 秋葉殿第二代尾張藩主 徳川光友自作の秋葉神像が祀られている。
光友公により慶安4年(1667年)に秋葉山安性寺の名称を賜り、それ以降、尾張徳川家名古屋城戌亥守護の護国祈願所とされている。

歳徳殿(としとくでん)

安性寺 歳徳殿
例年正月には初詣で多数の参拝者が来殿し、節分には1000人あまりの方が豆まきに参殿し、ご祈祷を受け立春を迎えます。

安性寺 歳徳殿ご本尊に歳徳神・大黒天・弁財天が祀られています。左右脇には十二支守本尊が祀られています。

四社

白嶽龍神・歳徳天神

白嶽龍神・歳徳天神西区天神町(旧江川警察署で現在の西警察署周辺)に尾張藩家老志水甲斐守の下屋敷があり、元禄の頃志水家のお富士という名の御殿女中が若君を庭園散策中、誤って若君が沼に転落し溺死してしまった。報告を受けた甲斐守は激怒しお富士を切り捨て沼に沈められたが、夜な夜なお富士の怨霊龍神と化し志水家が祟られていた。甲斐守は霊を沈めるため白獄龍神として邸内にお祀りしたところ怨霊は消え霊験あらたかにして参拝者が絶えることがなかったといわれています。
大正初期まではこの沼を富士沼と言い伝えられ、期日は不明であるが昭和に入り地元の有力者野田氏の尽力で安性寺に祀られることとなった。

馬頭観音

安性寺 馬頭観音大正元年(1573年)の安性寺開山時には祀られていたと思われます。六観音(下記※参照)のひとつであり、観音の怒りを表し馬頭人身あるいは人面馬冠の姿をとっています。馬は魔をくだす力を表しています。六道中畜生道に配され、そこの住類を救うとされています。一般には馬の徐疫の守護本尊とされ、怨敵降伏の本尊とされています。
※六観音とは千手(せんじゅ)、十一面(じゅういちめん)、如意輪(にょいりん)、准てい、馬頭(ばとう)、聖(しょう)をいう。

六社水天宮

安性寺 水天宮境内の六社水天宮は天保3年(1831年)の本堂秋葉護国殿改築時に東都本宮より勧請し、水難を除き安産を助けるため造営遷座しこの地に祀られることとなりました。
安性寺 水天宮

白石稲荷大明神

安性寺 白石稲荷大明神明治初期には稲生村街道筋に祀られていましたが、稲荷信仰の厚い地元有力者が社殿を安性寺に移設鎮座しました。

安性寺 白石稲荷大明神昭和17年ごろに豊作を祈願し、石碑・石鳥居が奉納されました。

墓地

合祀墓

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